古典会だより 蓮・ハチス・お盆さま

hasu201506ハスは熱帯アジアの原産で、アジア・オ-ストラリアに分布し、世界の熱帯・温帯で栽培され、野生化しており、わが国には縄文末期に渡来したとされ、1951年、千葉県千葉市検見川の約2千年前の地層から発見されたハスの種子が、大賀一郎博士の努力で発芽し、古代ハスと名付けられたのは有名です。地下茎は節が多く、泥の中で枝を分け、秋の末には先端が肥大化して蓮根レンコンを作り、葉は円形で楯状に柄が付き、中は浅くくぼみ、蝋ロウ質を分泌、また表面の多数の突起の間の空気のため、水を受けると丸い水玉となり白く光ります。柄は円柱形で直立、短いとげがあってザラつき、内に数条の気道が通り、切ると乳汁のような白い汁があふれ出し、細い糸があまた尾を引きます。春、小さな浮き葉が出て後、楯形の大きな葉が出、秋末に出る小さな葉は「とめ葉」といい、蓮根ができた目印とか。葉茎と花茎は区別があり、主な葉茎に寄り添って花茎が出、高さは1~2メ-トルにもなり、6,7月の朝日を受け、白・紅・淡紅色の花が芳香を放って開き、数時間後には閉じ、翌朝再び開き、3~4日後に散ります。花が開くと既に花托には蜂の巣状の穴があり、ハチスの意味が分かります。中には果実が入っています。この果実は熟すと黒色で固く、蓮肉または蓮子と呼び、軽く煎ったり、粉末にして滋養強壮の薬効ありとか。黒く固い皮の下には乳白色の養分と緑色の幼芽が用意されており、千年以上も発芽力を失わない生命力に驚きます。根の切り口の穴が茎の穴から花托の実に一貫して繋がります。

renkon201506ハスは仏陀生誕を告げて花開いたと言い、泥水の中から芳しい花が開き、純粋のシンボル、俗塵に染まぬ君子の花であり、種子の多さは多産・豊饒であり、花開く時に果実も備わって「花果同時」と言い、繁栄・永続・不死の象徴とされます。インドから中国へ伝わった仏教では、光は西から、西方阿弥陀仏の極楽浄土は、神聖なハスの池と信じられました。阿弥陀仏は光が無限で無量光如来、寿命が永久で無量寿如来とも称されます。いずれも極楽浄土を説明しています。インドの暑さでは、ハスの緑の葉陰はいかにも涼やか。実際、葉に顔寄せるとひんやりとして微香が漂い、天然の冷房でお盆のご飯を盛るはむべなるかなです。清純な仏智を示して芳香を放つ花は、汚泥の中から開くが故に、人びとの煩悩の中にこそ悟さとりの花の種があり、そこから抜きん出て美しく花開き、実を結べる喜びを教えてくれると思われたのです。

622年聖徳太子の死後、より合わせたハス糸で織り上げた国宝「天寿国繍帳」は有名ですが、今も織物などでハス糸は使われます。葉は器にも代用され、根は古くから食用・薬用とされます。

720年ころの『常陸国風土記』に次が見えます。

  • 北に沼尾の池あり。神世に天より流れ来し水沼なり。生へる蓮根は、味はひ太だ異にして、うまきこと他所にすぐれたり。病める者、この沼の蓮を食らへば、早くいえて験あり。

とあります。

『枕草子』には次があります。

  • 蓮葉、よろづの草よりもすぐれてめでたし。妙法蓮華のたとひにも、花は仏に奉り、実は数珠につらぬき、念仏して往生極楽の縁とすればよ。また、花なき頃、みどりなる池の水に紅に咲きたるも、いとおかし。
  • 関白殿・・・一切経供養せさせ給ふに・・・一切経を蓮の花の赤き一花づつに入れて、僧俗・上達部・殿上人・地下・六位、なにくれまで持て続きたる、いみじう尊し。

次に『源氏物語』御法でも、

  • 後の世には同じ蓮の座をも分けむ。

また、同、橋姫には、

  • 心ばかりは蓮の上に思ひのぼり濁りなき池にも住みぬべきを。

とあります。

次に『古今和歌集』に僧正遍昭、

  • はちす葉のにごりに染まぬ心もてなどかは露を珠とあざむく。

『和漢朗詠集』に次があります。

  • 経には題目たり。仏には眼たり。知んぬ汝は花の中に善根を植えたり。

平安時代末、源氏と平家の興亡の中で生き抜いた後白河法皇の編纂した『梁塵秘抄』には次の数句があります。

  • 大空かき曇り一味の雨を降らせばや、妙法蓮華を植え拡げ、仏に成らむてふ種とらん。
  • 常の心の蓮には、三身仏性おはします。垢つき穢なき身なれども、仏に成るとぞ説いたまふ。
  • 蓮華陸地に生ひずとは、暫く弾呵の詞なり、泥水掘り得て後よりぞ、妙法蓮華は開きたる。
  • 慈悲の眼は鮮やかに、蓮の如くぞ開けたる、智恵の光は夜夜に、朝日の如く明らかに。

『今昔物語』に

  • 今は昔、七月十五日の盆の日、極めて貧しかりける女の、親の為に食を供るに耐えずして、一つ着たりける薄色の綾の衣の表を解きて盆に入れて、蓮の葉を上に覆うて、愛宕の寺に持ち参りて、伏して拝みて泣きて去りにけり。其後、人あやしむで寄りてこれを見れば、蓮の葉にかく書きたりけり。「奉る蓮の上に露ばかりこれをあはれにみよの仏に」。人びとこれを見て皆あはれがりけり。

など、枚挙に遑なく、蓮と日本仏教、伝統文化との深い関わりに気付きます。青々とした緑の葉と、美しく芳しい花、枯れ衰えた葉、つやつやした果実、人の一生を一夏で体現する蓮に、後の世を託した人の心を思いやるのです。

  • 夏たけて堀のはちすの花見つつ仏のをしえ思ふ朝かな  昭和天皇
  • お盆のごはんふっくら炊けた  種田山頭火
  • ふた親と二、三日くらすお盆さま  高木鬼三太

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