【漢字講座】音・楽(おん・がく)

漢字は事物の形を基にした象形文字と一般に言われますが、形の無いものを表現した漢字があります。例えば音です。まず、漢字の意味を考えましょう。音の意味は金石糸竹匏土革木の発音体の種類に分け、これを八音といい、金、石、糸、竹、瓢箪(ひょうたん)、土、革、木の8種から作ったもの(楽器)から出る音(音楽)というのです。8種を具体的に挙げましょう。

金、すなわち金属は古代中国では編鐘が有名です。打ち鳴らし鐘や鐃鉢、鉦、碗型の中空の釣り鐘など仏教寺院に多く見られますが、鉦は鉦張り念仏に使います。鈴は日本固有の金属楽器としてよいでしょう。ただし、楽器とう言い方は問題です。似た金属で音の出るものに仏教寺院の本堂や山門、三重・五重・多宝の諸塔に懸かる風鐸があります。弥生時代の銅鐸もそうです。風鈴も入りますが、これをガラスで作ることもあります。西洋音楽では金管楽器のホルン、コルネット、トランペット、トロンボ-ン、バス、チュ-バなど管楽器の他、ゴング、銅鑼、鉄琴などの打楽器もあります。

石は四国高松のカンカン石が有名ですが、寺院の磬も元は石製です。現代西洋楽器には石製は有りません。

糸、は弦を張った弦楽器で琴・箏、琵琶、三味線、阮咸、胡弓など、西洋音楽ではハ-プ(竪琴)、ヴァイオンリン、マンドリン、ヴィオラ、ギタ-、ピアノも入ります。南米音楽のチャランゴも面白い弦楽器です。その材料はアルマジロという動物の一見亀の甲羅に似た堅い革です。沖縄でハブの皮に弦を張った蛇味線は江戸時代に本土に伝わり、ネコの皮に弦を張った三味線になりました。

竹は中国・日本の横笛、尺八、更には雅楽に用いる笙、篳篥(ひちりき)、龍笛、狛笛、竽ですが、能楽の能管や郷土芸能に用いるささらや四つ竹も入ります。南米音楽のケーナもこれに入る管楽器ですが、アンデス山中チチカカ湖畔の葦の一種で作ります。似たものに数本並べて吹くサンポ-ニャという楽器があります。西洋楽器では実は竹そのもので作るものは少なく、むしろ竹状に細工した木製品が多いのです。南米音楽のケーナ、サンポーニャは草の茎と言った方がよいでしょう。

匏は瓢箪ひょうたんですが、今日では使用が見られません。正倉院宝物の鳳首箜篌(ほうしゅくご)や竪箜篌(たてくご)がこれに当たります。インドにはふくべを複数用いるヴィ-ナという楽器があります。

土で製作した楽器には土笛がありますが、一般の音楽には用いません。似たものに石笛、岩笛があります。

革は牛製の太鼓が多いのですが、羊や山羊の革もあり、大小があって大太鼓、小太鼓と呼ばれます。雅楽ではつづみ鼓ですが、能楽では小鼓こつづみと大鼓おおかわと呼び方に違いがあります。南米ではヤクで毛が着いたまま作り、ボンゴと呼びます。

最後に木は木そのものを叩いたり、管に作って音を出すものです。西洋では木管楽器にフル-ト、ピッコロ、クラリネットなどがあり、打楽器に木琴があります。楽器というにはやや苦しいものに、題目を数える拍子木があり、歌舞伎や寄席の落語では開幕の合図に打ちました。木魚も楽器でしょうか。読経の速さの調整用です。寺院の廊下に木鐸を吊しこれを打って法会の集合の合図に使われました。西洋でも裁判官が裁判の開始に小槌を打ちました。ドアのノックもこの類です。

ところで、むかし中国では木鐸を打って村々の人びとに勧善懲悪を教えた木鐸老人という制度がありました。新聞が世の中の悪を戒めることを木鐸を鳴らすという言い方はこれに関係します。音楽は楽しむだけでなく、世の中を平安にするものです。楽器の説明は以上にします。

音という漢字の成立は言と一とを合わせとされます。言はものを言う口の形の象形、これに一を宛てて音を作りました。『礼記』楽記篇には、「声は文を成すに、これを音という」とあり、また「声を審べもって音を知る」とあり、さらに「治世の音」ということを重んじます。以上から音は人間の出す声だけでなく、種々の楽器がつくる音楽が重要です。 それでは楽という漢字は何でしょう。楽の本字は樂ですが、木の上に糸を架けて白(もう)すという象形文字です。白は鼓の形にかたどり、両側の糸は弦、これが木製台に乗る楽器、すなわち琴や琵琶などの弦楽器を説明しています。その音は「がく」とします。次に音を楽しむから、「らく」すなわち楽しいとなります。人びとがこれを願う、楽欲する時、楽を「ぎょう」と読みます。それでも、『周礼』地官、大司徒に「礼楽射御書数」とあり、これを立派な人物の六つの教養とします。

礼楽の礼は礼儀、エチケット、楽は音楽です。射は弓を射ること、日本では弓道です。御は馬車を御すること。西部開拓時代、十九世紀のアメリカ合衆国でも然りでした。ただ、日本は馬は騎馬で乗るもの、乗馬です。馬車は発達しませんでした。平安時代や鎌倉時代には馬の替わりに牛で引かせた牛車(ぎっしゃ)が貴族の乗り物でした。「平治物語」や「一遍上人絵詞」に登場します。書は書道、字を書くこと。数は数学です。それに樂の基準・模範として六樂があり、これは中国人の祖とされる黄帝以下六代の樂を言います。雲門は黄帝の樂、咸池は堯帝の樂、大韶は舜帝の樂、大夏は夏王朝祖である禹王の楽、大濩は殷の湯王の樂、大武は周の武王の樂を言い、これをもって万民の放埒な情を防ぎ、これに和を教えるというのです。音楽は大事なのです。

5月5日午後2時より拝島大師音舞台が東京大学民族音楽愛好会の学生諸君による南米音楽「拝島アンデスの響き」があります。好評により回を重ねて第22回となりました。音のシャワ-で身心清浄、元気をもらってください。