古典会だより-春の七草 スズシロ 清白

万葉集』巻一の冒頭には5世紀後半頃活躍した雄略天皇御製歌に
『籠(こ)もよ み籠持ち、掘串(ふくし)もよ、み掘串(ぶくし)持ち、この岳(おか)に 菜摘(なつ)ます児(こ)、家聞かな 告(の)らさね(籠も良い籠を持ち、土掘り道具の掘串も良いのを持って、この岡で若菜をお摘みの娘さん あなたのお家は何処(どこ)か聞きたい 言って下さい)』と若菜摘みが歌われています。春夏秋冬、四季の変化に恵まれた日本では、季節毎(ごと)の節目(ふしめ)を大切にして来ました。青龍の春(緑)、朱雀の夏(赤)、白虎の秋(白)、玄武の冬(黒→紫、玄は奥深く暗い意)、それぞれの季節の移動の時期が土用で、黄色です。土用は夏が特別扱いですが、本来は各季節にあります。お正月飾りやお祝いの五色の幕は、単に綺麗というだけでなく、季節の順当なめぐりと、無事への願いがこめられているのです。『古今和歌集』には「君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手(ころもで)に雪はふりつつ」とあり、清少納言『枕草子』では「七日、雪まのわかなつみ、あをやかに、例はさしもさるもの目ちかからぬ所に、もてさわぎたるこそをかしけれ(七日、雪の間の若菜摘み、青やかな菜を、普段はそんな菜など気にもしないのに、大騒ぎして集めるのが面白い)」とあり、正月七日の若菜つみは、野遊(のあそ)びと食べる楽しみを兼ねたもので、七日に七草、七種類の菜を粥にして食べ、春の祝い、福寿の願いとして来ました。

七草の名が特定し始めるのは室町時代ころからで、一条兼良の『年中行事秘抄』や、公卿の備忘録的著書『拾芥抄』などにも書かれ、江戸時代には五節供→五節句となり、一月七日の七草、三月三日の雛祭り、五月五日の端午、七月七日の七夕、九月九日の重陽で、春の七草も「セリ、ナズナ、オギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ七草」と定まりました。野草、雑草と言われる、ハコベ、オギョウ、ホトケノザ、ナズナ、後に栽培もされるセリ、野菜として改良もされたアオナ・スズナ(蕪(かぶ)、形が鈴に似るので)、・スズシロ(大根)ですが、特に野草は、その時期だけの季節感があり、年に一度のめぐり会いの喜こびにもなります。
☆スズシロ(清白)大根の異名。アブラナ科の二年草。中央アジア原産とか。大根(だいこん)。おおね。だいこ。古くから重要な蔬菜として広く栽培されました。『正倉院文書』天平宝字六(762)年閏十二月「冊二文買大根六把直」とあります。

根は多肉、長大で白色のものが多いのですが、紅(あか)いのもあります。根の最上部が茎で、そこから葉が群生し、春に白あるいは淡紫色十字形の花が群がって咲きます。ほとんど一年中出まわっていますが、晩秋から冬にかけてが特に美味です。青首、二十日、三浦、聖護院、守口、練馬、桜島、みの早生、阿波早生、岩国赤など種類も多く、多様に楽しめます。

成分の特徴として、根部に多量のジアスターゼとビタミンCを含有し葉部にはビタミンAが多く、生食の時の若干の辛味は、わずかに熱すれば消失します。淡味でしかも甘味があり、昔から広く愛用され、生食、煮食、切干し、塩づけ、みそづけ、ぬかみそ漬けなどに多用されます。大根の根に含まれるジアスターゼとビタミンCは熱に弱いので、生食の「ダイコンおろし」と「なます」が最適で、「ダイコンおろし」は「おろしモチ」や、天つゆの必需品、また、チリメンジャコ、小エビなどにあえても美味です。それだけでなく、「ふろふき大根」「おでん」「大根めし」「ケンチン汁」「スキヤキ」や「みそ汁の実」「油揚や肉魚などとの煮物」に、また切干し大根を加工して「はりはりづけ」に、つけ物として「たくあんづけ」「べったら漬け」など実に広く用いられます。緑の葉は塩づけ、ぬか漬けにも使われますが、さっと油いためして、塩、砂糖、しょうゆなどで味つけし、アツアツで食べるのも美味です。

俳句の季語にも、「大根」「大根焚き」「大根漬ける」「大根洗う」「大根引き」「大根干す」「たくあんづけ」「切干」「浅漬」→冬、「大根の花」→春、「大根蒔く」→秋、など、「芋」「葛」と同様に多く使われ、古来からおそらくは最も親しく賞味されて来た野菜でしょう。

○菊の後(あと)大根の外(ほか)更になし 芭蕉
○大根引き一本づつに雲を見る 一茶
○大根引き大根で路を教へけり 一茶
○大根焚き湯気ふかふかと有難し 一歩
○大釜も大鍋もまた大根焚き ながし
○洗へば大根いよいよ白し 山頭火
○降りそうなおとなりも大根蒔いてゐる 山頭火
○大いに晴れわたり大根二葉 山頭火