△ウメ梅、モモ桃、サクラ桜、アンズ杏、カリン花梨、ボケ木瓜、サンザシ山査子、ヤマブキ山吹、ノイバラ野茨、ハマナシ浜梨、キンミズヒキ金水引、ワレモコウ吾木香、ビワ枇杷と、花の咲く順に並べての共通点はバラ科で、色、姿、形ともに美しく、多少の差はありますが、花に芳香があり、薬効成分も備わっていることです。とりわけ桜は、北半球の温帯ないし暖帯に分布し、特に東アジアに多く、十数種の野生種と自然雑種約百余種、園芸品種は三百種近くあるといわれます。春、葉の展開に先立って白色または淡紅色(いわゆる桜色)の五弁花を開き、非常に美しく、八重咲の品種もあります。
△桜は自家不和合性で、自己の花粉では受精せず、ほかの木の花粉で結実するので、自然と変種が広がり、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラ、オオシマザクラ、ヒガンザクラ、チョウジザクラ、マメザクラ、タカネザクラ、ミヤマザクラ、カンヒザクラなどの野生種から、ヨシノ、ソメイヨシノ、フゲンゾウ、ウコンザクラ、サトザクラなど、それに八重咲きのボタンザクラ、ツリガネザクラ、またミザクラ(オオトウ桜桃)の実はサクランボとして食用になり、美味でしょう。
△古来日本では和歌や絵画にとり上げられて花王と称され、特に平安時代以降は「花」と言えば桜を指したほどです。満開時の美観は言うまでもありませんが、三分、四分咲きの頃、また終わりの頃の姿も良く、一本だけ、或いは数本、更には数百数千と、いずれもそれぞれに風情があります。
○色香、容姿の優雅さは言うまでもなく、特に夜の静寂さの中ではかすかに匂い立ちます。花に嵐のたとえのように、妙に花の頃は風雨がより添い、盛り短く、一時に咲き、一夜に散ります。散り際の潔さが万人に好かれるゆえんかも知れません。
- 山峡(やまがひ)に咲ける佐久良(サクラ)をただひと目君に見せてば何をか思はむ(万葉集)
- ゆく水とすぐるよはひと散る花といづれ待ててふことを聞くらむ
- 桜のさかりに 月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして(伊勢物語)
- 見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける(古今和歌集)
- はかなくて過ぎにし方をかぞふれば花に物思ふ春ぞへにける
- 花さそふひらの山風吹きにけりこぎ行く舟の跡みゆるまで
- 花見んと植えけん人もなき宿の桜はこぞの春ぞさかまし
- 花桜まださかりにて散りにけんなげきのもとを思ひこそやれ(以上、四首 新古今和歌集)
- 花の錦の下ひもは、とけてなかなかよしなや、柳の糸のみだれ心、いつわすれうぞ、ねみだれがみのおもかげ
- 年どしに人こそふりてなき世なれ、色も香もかはらぬ宿の花ざかり、たれ見はやさんとばかりに、又めぐりきて小車の、我とうき世にあり明の、つきぬやうらみなるらむ、よしそれとても春の夜の、ゆめのうちなる夢なれや
- 花のみやこのたてぬきに、知らぬ道をも問へば迷はず、恋路などかよひなれても紛ふらん
- 散らであれかしさくら花、散れかし口と花ごころ
- 地主の桜は、散るかちらぬか、見たか水くみ、散るやらちらぬやら、嵐こそ知れ(以上、五首 閑吟集)
▲この地主の桜―小歌は西多摩郡小河内村国指定重要無形文化財鹿島踊りの中でも歌われ、文化の伝承が興味深いものです。
- 散ると見れば又さく花の匂にも後れ先立つためしありけり
- 春をへて花のさかりにあひきつつ思ひでおほき我身なりけり
- よしの山去年のしをりの道かへてまだみぬ方の花をたづねむ
- 哀れわがおほくの春の花をみて染めおく心たれにつたへむ
- ねがはくば花のもとにて春花なんそのきさらぎの望月のころ(西行)
- あたら桜の蔭暮れて、月になる夜の木の本に、家路忘れてもろともに、今宵は花の下臥して、夜と共に眺めあかさん(謡曲西行桜)
などなど、枚挙にいとまありません。古来、冬の寒さが厳しかった年ほど、例年に増して桜の花は華やかであるとか。
▲花だけでなく、材は均質で美しく、器具材、造船材、建築、家具に使われ、とりわけ版木の最適材とされています。樹皮は漢方で咳止め、袪痰薬(桜皮仁)として用いられ、まげもの(曲物)などにも作られます。
▲桜の花の塩漬けは桜湯にして飲めば二日酔いをさますとか、葉の塩漬けは桜餅に使われ、いずれもその香を愛されます。桜の実はサクランボと呼ばれて賞味されます。果物のプリンセスでしょう。
▲見て良し、触れて良し、味わって良し、香り良し、使って良しの点に加えて、花の後の葉桜は、緑の色が目にやさしく、枝にひろがった葉裏には温度に応じて開閉する気孔があり、空気の出入りと共に根から吸い上げた水分を蒸散して夏の暑さをやわらげてくれます。それだけでなく、炭酸ガスを吸収して酸素を提供し、車の排気ガスの浄化もしてくれます。秋の枯葉は、花の姿のなれの果て。また来ん春への置き土産。落ち葉掃きして根元の土に返しましょう。
- いのちありて今年の春も花は見つ別れし人にあふよしもなき