秋は月が美しい、漢字の月は月の欠けた形で、三日月から上弦の月までの中間くらいの月。日の陽(太陽)に対して太陰である。日を男子とすれば月は女子です。もっとも日本神話の天照大神は女神の太陽神。中国思想の五行では月は水の精なりとされます。方位では辰であり、辰は月を主(つかさど)るとします。日月並ぶことから、人間位階で副の位置を指し、后妃、大臣、諸侯、衆臣にあてます。年月とは一年を一二に分けてその一を一月、太陽暦では一(正)・三・五・七・八・一〇・一二各月を三一日とし、二月は二八日(閏年は二九日)、四・六・九・一一各月を三〇日とします。それで月を数える単位も月と言います。また年月、歳月の月はとしつき、光陰をいう。
月は夜の太陽で、月の光、つきかげ月影を意味します。『宋史』陸佃伝に、「貧に居り苦学、夜、灯無く、月を映じて書を読む」とある。「蛍の光、窓の雪」の続きです。以上は天空に昇る月を人類が観察した古来のものです。洋の東西を問わず、月に黒く影が見える形をいろいろな見方をしました。インド・中国・日本では月で兎が餅を搗いていると見ました。自分の身体を火中に投じて焼き飢えた翁を助けたという兎の自己犠牲を哀れんだ帝釈天が美しい月の中に入れたという仏教説話に基づきます。月はまた月天子といい、観音菩薩と同じ阿弥陀如来の脇侍勢至菩薩の化現ともされます。科学的には月は地球の衛星で約一カ月で地球を一周します。でも新月の見えない月から三日月、上弦、満月、下弦から新月と一月で満ち欠けが変化する月は不思議でした。旧八月一五日(今年は九月九日)の中秋の名月の十五夜の満月から、一六日の「いざよいの月、既望」、一七日の「たちまち立待の月」一八日「いまち居待の月」、一九日「ねまち寝待の月」と満月から五日間も月観賞するのは世界に類のない日本文化のすばらしさです。なお中秋の名月の一ヶ月後の一〇月六日の月を「十三夜」と特に呼び、名月のなごりを惜しみました。春の桜の花見と双璧をなす秋の月見で、後には秋の菊見、冬の雪見が風情ある季節の行事となります。寺の伽藍や城郭に月見専用の月見亭があり、近江八景には石山の秋月があります。近江八景は比良の暮雪、矢橋(やばせ)の帰帆、瀬田の夕照、三井の晩鐘、堅田の落雁、粟津の晴嵐、唐崎の夜雨、それと石山の秋月です。琵琶湖周辺の美しい日本の景色です。