【漢字講座】虫・蟲(むし・ちゅう)

前回、前々回の漢字講座は魚・鳥でした。似た漢字でやはり生物の種類を表す漢字に虫があります。秋の夜長に鳴く虫の声・音楽に耳を傾けましょう。

漢字の虫は漢字の虫扁です。本来の漢字は蟲です。そこで両方を取り上げます。まず虫は本来は日本に住む最も恐い毒蛇「まむし」のことで、まむしの形に象った漢字です。正確に言えば、まむしが寝ている姿です。中国では鱗のある動物を皆虫としました。後に虫扁の漢字を挙げますので考えて下さい。虫は通じて虺(まむし)に作ります。虫の本字は蟲というのは、実は誤りです。蟲は昆虫の総称ですので、こちらが分かり易い「むし」の漢字です。虫を「まむし」とすると、昆虫ではないので、蟲と虫は別字となります。ただ説明のため虫は「まむし」ではなく、昆虫ということで説明をします。虫の本字を蟲としておきます。蟲という漢字の解字をしますと、三つの虫を合わせて、有足の昆虫を汎称しました。三つはその種類、数の多さを表わします。「説文」によれば、足無きいもむしの類を豸とし、蟲は足が有る、有足の虫を表わし、蟲を双方の虫の意味としたというのです。蟲は足があるというより、六本の昆虫、八本の蜘蛛(クモ)、もっと多いムカデ・ゲジゲジ、ムカデの漢字は百足というのは面白いでしょう。でもいくら多足でも百本もムカデの足はありませんよ。百は多いという意味です。

ここで古代中国人が蟲・虫をどんな生物と考えたかを説明します。『広韻』に「虫、鱗介の総名。『説文』には「物の微細、或いは行き或いは飛び、或いは毛或いは嬴、或いは介或いは鱗、虫を以て象と為す」とあり、王筠のその注である『説文釈例』には「物の微細以下、凡蟲を指して言う、部を領する所以、もしくは虫は専ら是れ蝮、則ち部中の字、豈蝮類のみならんや、小蟲は叢聚を好む、故にこれを三とす。用いて扁旁と為せば、則ち重累、故にこれを一とす」とあり、蟲と虫の関係を上手く説明しています。虫・蟲は鱗があるは、前回の魚に「魚は、蟲(虫)の隠者なり」とありました。関連が分かります。司馬遷『史記』周本紀に武王が黄河を渡ると白魚が舟に飛び込んできたという話があります。後漢の馬融がこれを解説して、「魚は介鱗の物、白は殷の正色とし、殷の兵衆が周武王に与みすることを象っている」としています。魚の鱗を古代中国人の鎧(よろい)に見立てたものです。また『尚書大伝』の注では「魚、蟲の水に生ず、しかして水に遊ぶものなり」とあります。水中の蟲・虫を魚としたのでしょう。

虫の熟語ですが、漢字の虫には用例が無く、蟲ばかりです。蟲害は虫のために受ける害、蟲干しは土用に蟲を防ぐために衣類や書物を太陽に干すこと。蟲気は虫の病気、蟲災は蟲の災害。蟲聚は蟲が多く集まること、転じて蟲のように多く聚合すること。蟲霜は農作物の害、蟲霜水旱と熟します。少し難しい熟語に蟲魚があります。考証家のくどくどした校定をいいます。蟲魚之家は考証家を誹った語です。蟲眼鏡は小さい物を大きくして見る眼鏡ですが、何にゆえに虫眼鏡と言うのでしょう。小さな虫を見る道具でしょうか。

虫が付いた漢字、虫扁の字を挙げましよう。みなさん昆虫と言えば、春は蝶(ちょう)・蜂(はち)、夏は蛍(ほたる)・蝉(せみ)・蜻蛉(とんぼ)は二字、さらに飛蝗また蝗虫(ばった)・蟷螂(かまきり)・蟋蟀(キリギリス)、でも蟋蟀は秋の虫のコオロギでもあります。家庭の身の回りには、蚊(か)・虻(あぶ)・蠅(はえ)は今でも多いのですが、蚤(ノミ)・虱また蝨(しらみ)は珍しくなりました。田圃の蝗・螽(イナゴ)や蛭(ひる)も農薬で少なくなりました。害虫の反対に益虫、有用な昆虫には蜂蜜を採る蜂(蜜蜂)があり、絹の原糸である生糸を取る繭を作る蚕が有名です。虫自体が食料や薬になるものは省略します。虫扁でも昆虫でない生物に蛇(へび)・蛙(かえる)、蝦(えび)・蟹(かに)などがあり、数多いのです。今日はこの辺で終わりにします。