古典会だより お彼岸 続き

pumpkin1510三月二十一日ころの春分、九月二十三日ころの秋分の日は、昼と夜の長さが全く同じで、その日太陽は真東から昇って真西に沈み、その前後三日間を含む七日間を彼岸と言い、初日を入り、春分・秋分の日はお中日、最後の日は明けと言われ、旧暦では二月・八月でした。春分は太陽が冬至から少しずつ勢いを増して来て、夜と昼の長さ、寒暖の差の分岐点であり、秋分は夏至から猛威を奮った太陽が勢いを弱め、昼と夜の長さ、暑さ寒さの節目と考えられ「暑さ寒さも彼岸まで」。ただ、時には「なにごとぞ彼岸過ぎてのこの暑さ」もありますが。

本来彼岸は仏教用語です。『大智度論』に「生死をもって此岸と為し、涅槃をもって彼岸と為す」とあり、人が生死に苦しみ、悩み、迷うこの世を此岸、それを超越し、自由な、仏の悟りの境地である涅槃を彼岸というのですが、この彼岸に到る真実無上の智慧の完成の核心を説いたのが『摩訶般若波羅蜜多心経』(いわゆる般若心経)です。

『続日本紀』淳仁天皇天平宝字二年(758)の詔勅に次があります。
○摩訶般若波羅蜜多は、諸仏の母なり。四句の偈などを受持し読誦すれば、福寿を得ること思量すべからず。これをもって天子念ずれば、兵革・災難、国内に入らず、庶人念ずれば、疾疫・邪気、家中に入らず。惑を断ち、祥を獲ること、これに過ぎたるはなし。宜しく天下諸国に告げ、男女老少を論ずることなく、口にしずかに般若波羅蜜多を念ずべし。

弘法大師の言う、「簡にして要、約にして深し」で、春分秋分を含む三月九月(旧暦二月八月)の大事な時節は彼岸と呼ばれ、仏事を行う嘉節とされました。

『宇津保物語』国譲巻に、
○彼岸ほどに、よき日を取りて、さるべき事おぼし設けて云云。
とあり、『類聚三代格』延暦二十五年(806)三月の太政官符に、
○五畿七道諸国は金剛般若経を転読すべし・・・宜しく国分の僧をして春秋の二仲に、日別に七日、心を存して、これを奉読すべし。これ崇道天皇の為なり。
崇道天皇とは早良親王のことで、長岡京造営中、藤原種継暗殺の責任を取らされて淡路島に流されましたが、絶食死、延暦十九年天皇の諡を贈られました。祟りが恐いから金剛般若経を転読して除けるのです。

『更級日記』に、
○わづかに清水(寺)にゐて籠もりたり。それにも例のくせは、まことしかべい事も思ひ申されず。彼岸の程にて、いみじう騒がしう恐ろしきまでおぼえて。
とあり彼岸は、生者にとっても、死者にとっても嘉節とされました。

室町時代の『拾芥抄』には、
○八月彼岸、諸仏の浄土に到らんと欲する者は、二、八の月、八王堯会の時に、彼岸に到る斎会法を修す、是れ、吉祥の時と云ひ、又浄満と云ふ、この時功徳を修する者は、所願成就、およそ万事相叶ひ、滅失せず。
とあり、また、藤原頼長『台記』には、
○彼岸潔斎、夜前に沐浴後、浄衣を着、浄筵に居り、心経廿一巻をあぐ、彼岸中に一事を願えば成就せざるはなし。
とあります。

中国初唐の人善導(613~691)の『観経疏』定善義には、
○衆生をして境を識りて、心を住せしめんと欲し一方を指すこと在ることあり、冬夏の両時を取らず、唯、春秋の二際のみを取る。その日正東より出でて直に西に没すればなり。弥陀の仏国は日の没する処に当たり。直に西に十万億刹を超過す。
とあり、春分秋分、彼岸の中日には、日が真東から出て真西に没するので、その日の没する所を観じて、阿弥陀如来の極楽浄土を観想し、極楽に生まれることを願う浄土思想が述べられ、日本の平安時代以降の末法思想と相俟って、西方浄土への思いが深められました。
「世間虚仮、唯仏是真(世間は虚しい仮のもの、ただ仏のみ真である)」
と喝破した聖徳太子以来、聖武天皇、皇后光明子など仏教者が続出し、この浄土思想も、日没時に西方浄土を観想するだけでなく、極楽浄土は如何ような所か、そこに往きそこで生きるために肝心の事は何かを真剣に考えるようになりました。
恵心僧都源信の『往生要集』は極楽往生のために書かれましたが、多種多様の地獄の描写が精緻に描かれます。地獄とは洋の東西を問わず無限の苦を言うのでしょう。ただこの浄土思想、さらに盆、彼岸は中国、朝鮮ではその後あまり発展しませんでした。日本では、彼岸、お盆とつながり、生きている者が家に仏壇を祀り、寺の法会に加わりお墓まいりをする。その中で生者が先祖、有縁、無縁の死者に思いを致し、特別の供物をおそなえし、おさがりと称して共に食し、亡くなった者と共に生きて行くのです。

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彼岸の入り、中日、明けには野菜、汁物の他に桜めしをお供えします。といだお米は水一目盛少なくして、火にかける間際に酒と醤油を好みでまわします。炊き上ったら、さっくり混ぜ合わせると、醤油の香りが心地良く。何故か秋彼岸も「桜めし」です。お彼岸餅はボタモチかおハギと言われます。モチ米をふかして丸め、上に小豆アンかキナ粉、ゴマなどまぶして供します。

・網干して秋の彼岸の漁やすみ 柳芽
・兄弟の相睦みけり彼岸過   波郷