薬師如来、お薬師さんの話-その5-

拝島大師旧本堂大黒さん奥に薬師如来・日光菩薩・月光菩薩、それに十二神将が揃いました。薬師如来、お薬師さんについて前号の続きです。

○ところで薬師如来の脇士はなぜ日光・月光の両菩薩でしょう。日月は光明、薬師の瑠璃光を現しています。薬師如来の二人の子と説く経もあります。如来の左が日光、右が月光、漢字で日を左に右に月を並べると明という字になります。日本の旧い呼び方で「あきらむ」、明らかにする、究明するの意味です。病気は諦めてはいけません。病気の原因を明らかにして病気の治し方を究明するのです。ただ、病気を治すには日を掛け、月を掛け、時間を掛けてゆっくり気長に治すことも必要です。だから日光・月光だとなります。時間を掛けるは一刻一刻となりますがこれは夜中の零時を子の刻として二時間刻みに丑、寅、卯,辰,未、午、午は正午です。それ以前は午前、それ以後は午後です。夜中寝静まる丑三つ時などまだ知っている人は多いでしょう。なお、子、丑は子年生まれ、丑年生まれと生まれ年にも用います。また、子、丑は方角、北は子の方角、南は午の方角、これを結ぶ線は子午線です。東北は丑、寅の方角、鬼門と言います。丑寅鬼門除けに京都は比叡山に延暦寺根本中堂が建てられました。ところでこの子、丑の十二支、干支を頭に付けた武将、これが薬師の十二神将です。十二神将は単に薬師如来の護法神ではありません。薬師如来、日光・月光の両菩薩と一緒になって皆さん方衆生の一刻一刻を護ってくれるのです。また生まれ年干支の護り本尊となるのです。

○この干支、十二支は中国のものとのみ考えますが、インドの仏典にも十二獣と有ります。鼠、牛、獅子(虎)、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、狗、猪をいうのですが、みな衆生済度のためにすがたを変えた菩薩の化身で、十二ヶ月中、常に一獣づつ人間、天上界の中をめぐり、衆生を教化すると言います。そのお経は南朝梁時代の『経律異相』という六世紀の百科事典に載っています。干支の動物が人間の姿をしたもの、これを獣頭人身十二支像とよび、我が国では奈良県飛鳥のキトラ古墳が有名で、七世紀後半の制作とされます。韓国では統一新羅の時代の慶州王墓ですが、七世紀末期から八世紀の制作のようです。それが中国でいつ出現したか、六世紀半ばの北朝北斉・北周時代よりは遡らないようです。中国の南方江南ではさらに降って七世紀の隋から唐の時代のようです。ただ、日本のように頭に十二支の動物を付けた甲冑姿の十二神将の事例は中国、朝鮮に数少ないのですが、八世紀の敦煌莫高屈の薬師浄土変相図の彫刻群像には確かに見受けられます。日本では八世紀の奈良新薬師寺の十二神将が古い作例です。