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釈迦如来、お釈迦さまの話―その二十二

仏像の共通性(続き) 観音菩薩は思惟の姿の如意輪観音、自己に加え頭に十方を向く十一面観音、手が千本有る千手観音、馬の頭を付け憤怒像の馬頭観音、その他種々の観音像が早い時期に各地で制作されました。釈迦滅後の未来の仏陀である弥勒もはじめは菩薩像で水甁を持ちます。それが仏滅後五十六億七千万年後に第二の釈迦として龍樹下で悟りを開き弥勒仏となると、禅定の姿で定印を結んでいます。こうした仏像の表現する意味は地域を越え各地で共通性を示しているのです。 続きを読む

釈迦如来、お釈迦さまの話-その25-

釈迦三尊 お釈迦さまは単独で祀られるより、左右に文殊・普賢の両菩薩を従えた釈迦三尊の形式が多いのです。お釈迦様だけでなく、日光・月光の両菩薩の薬師三尊、観音・勢至の両菩薩を従えた阿弥陀三尊、弥陀三尊など顕教の仏像は三尊形式がはっきりしています。 続きを読む

釈迦如来、お釈迦さまの話-その24-

施無畏・与願の印 お釈迦さまの信仰は仏教の基本ですが、その仏像としてまず注目すべきはその結ぶ印の形と意味です。左手を下に向け、親指、人差し指、中指を真っ直ぐ立てて下に向け、薬指と小指を丸めます、説法を聞く衆生に畏れなくてよいというジェスチャーで、施無畏の印と呼びます。或る面では釈尊の説法の根本とも言えるのです。
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釈迦如来、お釈迦さまの話-その22-

天・守護仏 南都興福寺の八部衆の阿修羅に続いては、八部衆最初の天について説明します。『妙法蓮華経』法師功徳品に、次の一節があります。「復た次に、常精進菩薩よ、もし善男子・善女人ありて、この法華経を受持し、もしくは読み、もしくは誦し、もしくは解説し、もしくは書写せば、千二百の耳の功徳を得ん。 続きを読む

釈迦如来、お釈迦さまの話-その23-

仏像の展開 これまで述べた仏像は釈尊中心でした。これが釈尊以外の諸人に造像が展開します。もっとも初期仏教は釈尊とその説法を聞いた直弟子だけでした。直弟子たちは釈尊のお顔を見て説法を聞きました。しかし、釈尊のお顔を見ることの出来る人は限られています。耳で聞く人は見る人より多いのです。耳で聞いた人は他の人に聞いたことを口で話します。それを聞いた人はまた他の人に話します。『妙法蓮華経』法師功徳品に次の一節があります。
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釈迦如来、お釈迦さまの話-その22-

仏像の意味 これまで述べたことをまとめながら考えます。ただ、ここでは当面、釈迦如来、お釈迦さまの仏像に限って考察します。インド古代初期ではもっぱら釈迦の伝記、本生話のような仏教説話図を扱った浮彫、レリーフが行われ、これは北伝・南伝、上座部系仏教、大乗仏教の差異なくその後永く継承されました。遺例はたいてい石造建築や石窟に付随して存在します。しかし仏像が出現し、その崇拝が盛んになると共に、彫刻は主として釈迦像、仏陀以下諸尊の仏像の制作に集中するようになりました。 続きを読む