【漢字講座】魚(うお・さかな)

前回の漢字講座はいかにも象形文字らしい漢字の一つ鳥を取り上げましたが、今回は魚を取り上げます。

漢字の魚は「うお・さかな」の形に象ります。ただ、下の灬は馬の四足でも、鳥の二足灬でもありません。烏の足にあたる灬は火ですが、魚の灬は火ではありません。魚は頭を上にして吊すと尾っぽが下になります。魚の灬は魚の尾、尾鰭(おびれ)を象っているのです。

魚は古くは烉と書いたといいます。下に火がありますが、魚を吊して火で炙った。つまり燻製にしたものでしょう。今から2000年前の漢代の画像に台所が描かれ、そこに魚が吊してある絵が有ります。中国の人びとは昔も今も魚が大好きですが、魚の字と玉の字が同じ発音(ユイ)で縁起が良いとしたのでしょう。

ここで古代中国人が魚をどんな生物と考えたかを説明します。『易経』中孚に「豚魚、吉なり」とあり、その注に「魚は、蟲(虫)の隠者なり」とあります。司馬遷『史記』周本紀に武王が黄河を渡ると白魚が舟に飛び込んできたという話があります。後漢の馬融がこれを解説して、「魚は介鱗の物、白は殷の正色とし、殷の兵衆が周武王に与みすることを象っている」としています。魚の鱗を古代中国人の鎧(よろい)に見立てたものです。また『尚書大伝』の注では「魚、蟲の水に生ず、しかして水に遊ぶものなり」とあります。やや魚が分かり易くなりました。要するに水中に住む動物を魚というのです。

魚は獣だとし、特に海獣とする説もあります。よく海の潮流や天候を知るというので猟師や船員が畏れ、大事にしました。この魚の皮は弓矢の袋に造るといいます。また、魚は馬の名で両目が白い馬といいます。

唐の時代に官吏の腰に佩(お)びた魚形を魚袋といい、これを腰に下ることが唐中期に流行しました。

魚の熟語を挙げましょう。「魚、釜中に遊ぶ」は危険が身に迫っても知らない喩え、用心用心。「魚魚雅雅」は扈従の威儀あるをいいます。側近は堂々としていなければいけません。「魚、龍に化す」は試験に合格して立身出世すること。「魚、水に乗る」はおのおの自分に適した環境があるの意味。「魚の水を得たるが如し」も同じ意味の熟語です。「魚の水を失うが如し」は反対の意味です。「なお魚の水有るがごとし」は相離れることのできない親密な交際の喩え。「水魚の交わり」とも言います。などなど。日本の諺には「魚心あれば水心あり」、これは単に「魚心」と略し、魚に心があれば水にも心がある。これは悪い役人が業者から賄賂をせびるさまをいいます。このくらいにしておきましょう。

魚が付いた漢字を挙げましよう。鯉(こい)・鮒(ふな)・鮎(あゆ)・鰻(うなぎ)・鯰と鱠(なまず)・鱒(ます)・鮭(さけ)や鯛(たい)や鯖(さば)・鮪(まぐろ)・鰯(いわし)・鯵(あじ)・鱸(すずき)・鰤(ぶり)・鰒(ふぐ)・鮫(さめ)・鰆(さわら)・鱈(たら)は知っているでしょう。鰹(かつお)・鰹節も有名です。魚偏でも魚類でないものがあります。鯨(くじら)は哺乳類、鰐(わに)や鱉(すっぽん)は爬虫類、同じく鰕と魵(えび蝦)は甲殻類、鮑(あわび)は貝で、鮹(たこ)も蛸の別字で軟体動物です。やや難しい魚の漢字では鮋(はや)・鱒と鯲(どじょう)・鰍(かじか)・鯏(うぐい)の淡水魚や鰈(かれい)・鮃(ひらめ)・鯊(はぜ)・鯔と鰡(ぼら)・鰊と鯡(にしん)・鯒(こち)・鰔(たら)・鰰(はたはた)・鱚(きす)・鱧(はも)・鱶(ふか)・魛(たちうお・えつ)・魳(かます)・鮍(かわはぎ)・鯥(むつ)・鰖(たかべ)・鰧(おこぜ)・鰱(たなご)・鰵(いしもち)・鱏(えい)・鱮(たなご)・鱵(さより)などなど。

拝島大師本堂には黄金の鴟尾がつきますが、鳥ではなく、尾を立てた魚で火難除けです。あるいはインドのガンジス川に棲む摩訶羅また摩竭魚(マカラ)という怪魚で仏教擁護のはたらきをします。お城の天守閣に付く鯱(しゃち)も摩竭魚かも知れません。仏教護法の魚なのです。単なる火除けではありません。

中国六朝東晋の詩人陶淵明「田園の居に帰る」の第一句に、
○羈鳥(旅の鳥)は旧林を恋し、池魚は故渕を思う」
また江戸の芭蕉は奥の細道に旅立つ時、千住で一句、
○行くはるや鳥啼きうをの目は泪(なみだ)
芭蕉は別離を惜しんで鳥も魚も泣いているというのです。