古典会だより 秋の七草 詳解

img1510_1『万葉集』に山上憶良(六六〇-七三三)の秋の野の花を詠む二首、
○秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花
○萩の花、尾花、葛花、瞿麦の花、女郎花、また藤袴、朝貌の花
秋の七草は日本固有種で、「ハギ、ススキ、キキョウ、ナデシコ、オミナエシ、クズ、フジバカマこれぞ七草」と親しみ口づさまれ、千三百年以上も前から観賞用として姿、形、香の良さが愛されて来ましたが、食用、薬用効果大ありの有用なものでした。

img1510_3☆萩ハギ マメ科ハギ属。山野に自生する落葉灌木、また多年草。旧株から新芽が萌え出すので生え芽、芽木とも書かれますが、秋を代表する草なので、草冠に秋でハギと読み国字です。因みに漢字の萩はヨモギ、ハハコグサ、キササゲのことで、中国に日本の萩はありません。茎は根より叢生し多くの細い枝を分かち、葉は長柄を持った三小葉が互生し、広楕円形で先は丸く、ちょうど鹿の斑紋の形に似ます。秋、枝先に総状花序を出し、紅紫色ないし白色の美しい蝶形の花を穂状につけます。鹿鳴草とも言われるのは、妻を求めて鳴く秋の鹿(さ男鹿)の頃と萩の花期が重なり鹿の斑紋と萩の葉紋の連想かもしれません。ヤマハギ、ミヤギノハギ、マルバハギ、ツクシハギ、マキエハギなど。

『古事記』と同じ頃の『風土記』播磨国揖保郡に、
○萩原の里、一夜の間に、萩一根生ひき。高さ一丈ばかりなり。仍りて萩原と名づく
とあります。

『万葉集』の草木花中では、百四十一首と最も多く、二位の梅百十首、三位松七十首に差をつけます。
○わが岡にさ男鹿来鳴く初萩の花嬬問ひに来鳴くさ男鹿 大伴旅人
○草枕旅行く人も行き触らばにほひぬべくも咲ける萩かも 笠臣金村
○わが屋戸の一群萩を思ふ児にみせずほとほと散らしつるかも 大伴家持
○朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留み得ぬかもわが屋戸の萩 光明皇后
○わが衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ
○わが背子が挿頭の萩に置く露をさやかに見よと月は照るらし
○恋しくは形見にせよとわが背子が植えし秋萩花咲きにけり
○秋萩の咲きたる野辺はさ男鹿ぞ露を分けつつ妻問しける
○秋萩に置ける白露朝な朝な珠としぞ見る置ける白露

風情を賞でるだけでなく花を挿頭(髪飾)や、摺り染めにしたり、唐衣の襲の色目、紋所の名にも愛用されました。千余年前の『枕草子』に、

○草の花は・・・萩いと色深う、枝たをやかに咲きたるが、朝露にぬれてなよなよとひろごりふしたる、さ男鹿のわきて立ち馴らすらんも、心ことなり。
○九月ばかり、夜一夜降りあかしつる雨の、今朝はやみて、朝日いとけざやかにさし出でたるに、前栽(庭の植込)の露こぼるばかりぬれかかりたるも、いとをかし。透垣の羅文(菱形模様)、軒の上に、かいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りたるに、雨のかかりたるが、白き玉をつらぬきたるやうなるこそ、いみじうあはれにをかしけれ。すこし日たけぬれば、萩などのいとおもげなるに露の落つるに枝のうち動きて、人も手ふれぬに、ふとかみざまへあがりたるも、いみじうをかし、といひたることどもの、人の心にはつゆをかしからじとおもふこそ、またをかしけれ。
○野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ、立蔀・透垣などのみだれたるに、前栽どもいと心くるしげなり。おおきなる木どもも倒れ枝など吹き折られたるが、萩・女郎花などの上によころばひふせる、いと思はずなり。

千三百三十年代に書かれた『徒然草』には、
○家にありたき木は・・・秋の草は荻・薄・きちかう・萩・女郎花・藤袴・・・いずれもいと高からず、ささやかなる墻に、繁からぬ、よし。と、書かかれています。
近世江戸時代になると、萩は俄然用途が広がります。狂言「萩大名」は見事な萩の庭の景色と対照的に無風流な大名に笑いがかもし出されます。白い砂の上に落ちた赤い萩の花を赤飯と見て、「一口食ふてみたい気味があるよ」は秋彼岸の萩の餅「おはぎ」につながり、春彼岸の「牡丹餅」に対します。茎は太さがよく揃うので垣根や萩スダレ、筆の軸や細工物に使われ、根は民間療法では、乾燥して水二百ccに一回二~五グラム入れて煎じて婦人のめまいやのぼせ薬として煎服するとか。

○一つ屋に遊女も寝たり萩と月 芭蕉
○小狐の何にむせけむ小萩原 蕪村
○秋風に散りに散りしく萩の花、払はば惜しきものにぞありける 良寛
○風をいたみ萩の上枝の花もなし 子規
○萩刈りて虫の音細くなりにけり 虚子(秋おそくに、翌春の発芽をよくするため、花の散った萩を株の根元から刈り取る。萩刈るの語あり。)
○萩咲くや堰に近づく水の上 秋桜子
○ゆっくり歩かう萩がこぼれる 山頭火
○萩にふり芒に注ぐ雨とこそ 万太郎
○花萩の四方に垂れて盛りかな 温亭
○美しき風来て萩と遊びをり みづほ
○白萩の雨をこぼして束ねけり 久女
○手にとりて放ちし萩の枝長し 風生