日本の国は、春夏秋冬と、四季の変化に恵まれ、折々の節目を大切にし、楽しんで来ました。旧暦一月二月三月は春、四月五月六月は夏、七月八月九月は秋、十月十一月十二月は冬とし、自然、人事、事物でも各季節を表し、語句一旬で豊富な内容を展開します。『俳句歳時記』に載る季題、季語は旧暦、新暦(今使われている暦)でほぼ一ヶ月のズレがあるため、「七夕」のように季節は夏ではなくて秋の季語になっていたりして、多少の違いがありますが、おおむね当たっているところしょう。
『枕草子』に、「頃は、正月・三月・四月・五月・七八九月・十一二月、すべてをりにつけつつ、一とせながらをかし。正月一日は、まいて空のけしきもうらうらと、めづらしうかすみこめたるに、世にありとある人は、みなすがたかたち心ことにつくろひ、君をも我をもいはひなどしたる、さまことにをかし」とあり、千年以上前から、人びとは正月にはお祝いの言葉を交わし、新年を迎えられたよろこび、今年一年の無事平安を願って来ました。「おめでとう」は正月の挨拶で、会う人毎に、最初の言葉は「おめでとう」でしょう。「めでたい」は「めでる(愛)」の変化したもので、ほめたたえ、心がひかれ、好み愛する気持の甚しいことを表わし、「目出度」「芽出度」の字を当てたりします。
ところで「めでたい」は次のような意味の分類ができます。
①見た目に魅力的な状態で、ほめたたえるに値するさま。立派だ、見事だ、結構だ、素晴らしい、の意味で使われますが、次のアイウのような種類があります。
ア。『狭衣物語』「かくのみ幼き者はめでたきものとのみ、思し習ひたるを」は人物についていう。
イ。『竹取物語』「かぐや姫 かたちの世に似ずめでたき事を、御門きこしめして」は人の容姿、振舞などについていう。
ウ。『徒然草』「岩にくだけて清く流るる水のけしきこそ、時をもわかずめでたけれ」は自然の風物についていう。
②食べ物の味がすぐれている。うまい。おいしい。
エ。『宇治拾遺物語』「うまきこと、天の甘露もかくあらんとおぼえて、目出たかりけるままに、おほく食ひたりければ」
③すぐれていて、崇め尊ぶにあたいするさま。非常に尊い。
オ。『落窪物語』「八講(法華八講)なむ、此世もいと尊く、後のためでもめで度あるべければ、して聞かせ奉らまほしき」
④評判・権勢・待遇などの度合いがすぐれている。
カ。『虎明本狂言 鈍根草』「おともの衆がおほふ御ざあらふずる間、ごぐわいぶん(御外聞)もめでたからふとぞんずる」
⑤書、絵、また和歌などがすぐれている。上手である。
キ。『栄花物語』「道風(小野道風)などいひける手をこそは、世にめでたき物にいふめれど」
⑥物事のしかた、ありかたが、すぐれている。上手である。
ク。『梁塵秘抄』「よくよくめでたく舞ふものは、巫小楢葉車の筒とかや」
⑦物事が望ましい状態で、喜び祝うに値するさま。喜ばしく、結構だ。
次のケコサシのような種類があります。
ケ。『源氏物語』「宮のうへこそ、いとめでたき御さいはひなれ」
『平家物語』「果報こそめでたうて、大臣の大将に至らめ」
『仮名草子 伊曽保物語』「さてもわが身は果報めでたき物かな」などは幸福・幸運の、度合いが高くて喜ばしい。
コ。『十訓抄』信濃国諏訪社風祝事并俊頼哥事「しかれば、其の年風静かにて、農業のためにめでたし」は幸運である。好都合である。ありがたい。
サ。『落窪物語』「中納言忽ちに御心地もやみて、めでたい」
『平家物語』「祈り申されければ、中宮やがて御懐妊あって、思ひのごとく皇子にてましましけるこそ目出たけれ」
『徒然草』「思ふやうに廻りて、水を汲み入るる事、めでたかりけり」などは物事がうまくいっている、おもい通りである。
シ。『虎寛本狂言 麻生』「明日は元朝じや。御暇は下されたれ共、目出たうあすの出仕を仕舞ふて、其上で国元へ下らうとおもふが、何と有らうぞ」は人や物事の状態が、祝い喜ぶに値するさま。またよいことが予想されたりして喜ばしい。
十二世紀半ばの『梁塵秘抄』に「新年春来れば、門かどに松こそ立てりけれ。松は祝ひのものなれば、君が命ぞ長からん」や、俚謡、山形の花笠踊には「目出度めでたの若松様よ、枝も栄えて葉も茂る」とあるように正月は松飾りをして祝います。松の葉は常緑で繁茂し、幹が堅固で地にしっかり根を張るさまに、長寿、長久、変わらぬものへの願いをこめているのでしょう。
人が生きていく上で必要な衣食住の条件のうち、生命に直接かかわるものは、何と言っても食でしょう。ものみな変わるのが常としても、変わらぬものを願う時、特別な食べ物を用意し、食べることで元気をもらい、分かちあって共に生きるよろこびを得るのです。お正月は、一年のどの月よりも料理、煮炊きが盛んです。暮れの餅つきから始まって、元旦一日、二日、三日はお雑煮を食べます。雑煮は餅を主にした羹で、清汁か味噌仕立てで野菜や豆腐、鶏肉か魚を用います。七日は七草粥で若菜を入れた粥を食べ、春のはしりを味わいます。十五日は小正月とも言い、小豆粥を作ります。小豆は少量の水で煮て沸とうしたら一たん水を替え、たっぷりの水でよく煮出し、米の量の五倍くらいのあずきの色水をとりわけたら、あとあずきを少し煮て、といだ米に混ぜ、とりおきの色水を入れて炊き、煮立ったところで餅を入れてあつあつの所をいただくと体のシンまで温まります。
○酒もすき餅もすきなり今朝の春
○去年こぞ今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
○正月の子供に成りてみたき哉
○正月やごろりと寝たるとっとき着 一茶
「おめでとう」についで「お変わりなく」の言葉には、健康、長寿、活力、元気を願い、さらには「おかげさまで」と広大な感謝が続くよろこびがお正月なのでしょう。