古典会だより-秋の七草 くず(葛クズ)-

万葉集』に山上憶良(660-733)の、秋の野の花を詠む二首「秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」「芽子[萩]の花 を花[をばな尾花、薄]・葛花(くずばな) 瞿麦(なでしこ)の花 姫へし[女郎花おみなえし] 又藤袴(ふぢばかま) 朝㒵[貌]の花」とあります。秋の七草は山地や野原に自生する日本固有種とされ、朝㒵の花は、当時唐からの外来種で流行した今のアサガオ朝顔ではなく桔梗とされ、秋の野の花を観察し、日本の自然をいつくしむ憶良の気持がよく表わされており、「ハギ、ススキ、キキョウ、ナデシコ、オミナエシ、クズ、フジバカマこれぞ七草」と親しみ口づさまれ、千三百年以上も前から観賞用として姿、形、香りの良さが愛されて来ましたが、食用、薬用、建築工芸用にと、実に多様で有用なものでした。
 クズ、日本原産。マメ科のつる性多年草。各地の山野に生え、強健で成長が早く、茎は長さ10メ-トル以上にもなり、全体に白または褐色の荒い毛があります。葉は長い柄を持ち互生で、三個の広卵形の小葉に分かれます。夏、葉脈から長さ20センチメートルぐらいの花序を出し、秋には紫色の蝶形花を総状につけ、葛花は酒毒を消すと言われ、乾燥して粉にして服用とか。扁平な実の莢(さや)は長さ5~10センチメートルで褐色の荒い毛があります。根は肥大して澱粉を多量に貯蔵し、10数キログラム超もあり、地中に深く張ります。漢方では葛根と称し、『神農本草経』に「傷寒、中風、頭痛を療し、肌を解き、汗を出させる薬効あり」と述べ、葛根湯、解熱剤として煎服します。肥大した根からの良質の澱粉が葛粉です。秋の終りから初春にかけ根を掘り起こし、土砂を洗い落とし、粉砕し、水を満たした容器にザルを置き、先の粉砕物を入れ、よくかきまわし澱粉を洗い出し、澱粉とカスを分け、澱粉は麻またはもめん袋でこして放置すると、澱粉は沈殿するので、上澄液を捨て、再び水を加えかきまわします。この操作を「水さらし」と言い、この濾過と水さらしでクズ澱粉はだんだん白色になり、十分さらした澱粉の水分を抜いて乾燥させると極上の葛粉の出来上りです。
○山冷えや葛の根を掘る国栖の奥 佐久間龍花
○葛掘りの弁当のぞきに山鴉   谷田早茅
☆大和の国(奈良県)は古来有名なクズ粉の産地で、クズの名は吉野郡の地名国栖(くず)に由来するとか。葛粉は食用で、葛湯、葛切、葛飴、葛餅、葛団子、葛桜、葛粽、葛素麺など滋養料としても重用されています。
○葛の葉に働く汗をふりこぼす 富安風生
○葛餅や老いたる母の機嫌よく  小杉余子
○吹きやりし湯気のこちらの葛湯のむ 加藤春藤
☆葛の茎および根からは繊維がとれ、葛布を織り、袴や葛帷子など庶民の衣料に使われ、丈夫で野趣に富むゆえに襖や壁張り表装用、小物用に愛用されます。葛の葉は傷の止血の効果があるとか。大きな緑の葉は夏の暑さを掩うばかりか二酸化炭素の吸収もしてくれます。
万葉集』には、まず大伴坂上郞女の歌一首に、
○夏葛の 絶えぬ使の 淀めれば 言しも有る如(ごと) 念ひつるかも
とありますが、他はほとんど歌作者の名が不明である。列挙しましょう。
○剱太刀 鞘ゆ納野に 葛引く吾妹(わぎも) 真袖もち 着せてとかも 夏草苅るも
○藤波の 咲ける春野に 延ふ葛の 下よし恋ひば 久しくも在らむ
○霍公鳥 鳴く声聞くや 卯の花の 咲散る岳に 田くず引くをとめ
○真くず延ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと吾が命 常ならめやも
○雁がねの 寒く鳴きし 水茎の 岡の葛葉は 色付きにけり
○我が屋戸の 田くず葉日にけに 色付きぬ 来まさぬ君は 何情そも
○赤駒の い去きはばかる 真くず原 何の伝言 直にし吉けむ
○梨棗 黍に粟嗣ぎ 延ふくずの 後も相はむと 葵花咲く

☆葛はもともと強健な植物で、土質を選ぶことは極めて少なく、温暖湿潤な気候のもとでは盛んに生育しその成長が早く、地表をすぐに覆うので、土壌を雨滴の浸食からまもり、落葉は土壌に多くの腐植質を与えて地力を増進し、土壌の保護育成に極めて有効な植物です。葉は栄養に富み、家畜の飼料になり、救荒植物として若葉は茹でて食用になります。
☆アメリカでは1876年、日本から種子を輸入し、土壌保全・改良用または飼料作物として栽培されているとか。
☆見てよし、食べてよし、飲んでよし、着てよし、使ってよし、植えてよし、実に有用、多用、重宝です。
○み吉野の山の葛の粉糊にして霞の衣あらひはりせり 狂歌