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釈迦如来、お釈迦さまの話-その14-

釈迦入滅直後の仏弟子・教団の形成 釈尊は釈迦国の首都カピラ城から南方マガダ国との中間にあるクシナ―ラ―という地方都市で80歳の生涯を閉じました。釈尊が没すると、残された多くの弟子のうち、500人の最も優れた阿羅漢たちは、釈尊の教えが正しく伝えられるために、マガダ国王舎城外において、3カ月間一堂に会して、釈迦の教法としての「法」と「律」を結集編集会議を開きました。これが第1次の仏典結集です。
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慈覚大師円仁讃仰「入唐求法巡礼行記」研究-その28-

○開成四年正月八日、新羅人王請①来りあい看ゆ。これ日本国弘仁十年(819)、出州国(出羽国)に流着の唐人張覚済②ら同船の人なり。漂流の由を問うに、申していう「諸物を交易せんがために、これを離れて海を過ぐ。忽ち悪風に遇い、南流すること三月、出州国に流着せり。その張覚済兄弟二人は将に発たんとする時に臨み、同じくともに逃れ、出州に留りぬ。北出州より、北海について発ち、好風を得て、十五箇日、長門国に流着せり云々」と。頗る日本国語を解す。
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古典会だより-鯉 鯉のぼり

△鯉はコイ科の淡水硬骨魚。上あごに2対のヒゲがあり、口には歯がなく、のどに10個の臼歯。頭を除いて表面は丈夫な丸形鱗でおおわれ、背面一列はおよそ36枚なので、別名六六魚とも言われ、「六六変じて九九鱗となる」と言う中国の諺は、龍は81枚の鱗があるとされての話です。河南省洛陽上流で山西省から陝西省に黄河を渡る辺りに「龍門」と呼ばれる急瀬があり、特に優秀な鯉だけが登って龍になると言われ「登龍門」の言葉が生まれ「出世魚」と称されました。 続きを読む

【漢字講座】師(し)

今回は拝島大師の師、師の漢字の説明をします。師は左が堆の本字(音はタイ)右が帀(ソウ)の合字で、堆は岡おか、またうずたかいの意、帀はめぐる、一帀は一周、故に二字を合わせて多人数の意味。一に二千五百人とします。 続きを読む

慈覚大師円仁讃仰「入唐求法巡礼行記」研究-その27-

○開成四年正月六日、相公節度使李徳裕の随軍沈弁が来たりていう、「相公の伝語では、今月初五日より、國のためならびに銭を得て、開元寺栴檀瑞像閣を修せんがために孝感寺に寄りて講経し募縁せしめんとす。乞うらくは本国(日本国)の和尚よ特に到り聴講し、兼ねて日本国の諸官らをして結縁し捨銭を催すものなり」と。
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古典会だより-春の七草 オギョウ ハハコグサ―

△母子草、ハハコグサ、ホウコグサ、オギョウとも呼ばれ、日当たりの良い道ばた、野原に自生するキク科の二年生草本。東アジアの温帯から熱帯に広く分布。高さ10~40㎝。秋に芽を出し、冬から早春に根生葉を出す。若葉は白い綿毛でおおわれ、やがてもとで分かれた茎が伸び、茎葉は互生し、線状へら形で縁はやや波状、先はまるみをおび、厚みがあって白い綿毛が密生し全緑色。
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