古典会だより-春の七草 ハコベ-

ハコベラ、ハクベラ、アサシラゲ 蘩縷・蘩婁・鵝腸・鵝腸菜
我が国いたるところのやや陰地に好んで自生するナデシコ科の二年生草本。ほぼ世界中に分布。鶏のヒナが好んでついばむところからヒヨコグサと呼ぶ地方が多く、英語もchick-weed(ヒヨコ草)とする。ナデシコ科はナデシコやセキチクのように花が大きくてきれいなものやハコベやミミナグサのように小さくて目立たない花もあり、一見違って見えますが、茎の節がはっきりしていて、葉は対生、花は五まいのがく、五まいの花びら、十本のおしべと一本のめしべからなり、果実は熟すと裂け,沢山の種子が出来ることなどの共通点があり、アメリカナデシコ、セキチク、ナデシコ、カ―ネ―ション、ハコベ、ミミナグサ、ノミノフスマ、ムシトリナデシコ、カスミソウ、ツメクサなど多彩です。
ハコベは各地にはびこる代表的な雑草の一つで、高さは10~30㎝。茎の下部は地表を這(は)い、葉は楕円または広卵形で長さ2~3㎝ほど。早春、白い可憐な小さな五弁花が多数開きます。花弁は二深裂しているので、あたかも十弁のように見えます。花後、巾着状の果実を下向きにつけ、種子が出た後は、上向きになります。
民間療法では悪瘡に効果があるとして、生葉をつき砕いて汁をつけるとか。『本草拾遺』には、「乳汁を下す。産婦よろしくこれを食うべし」と催乳作用のあることを述べ、ひと茹(ゆ)でしてひたしものやあえものにしたり、『料理物語』九には「はこべ汁、はこべを切りもみあらひ、三月大根などをくはへ入れ置くも、味噌にて仕立候」と、みそ汁に入れてもクセがなくて美味です。江戸時代にはハコベを干して、炒(いり)つけ、塩を加えて粉末にし、ハコベ塩と称して歯をみがくのに用いたそうです。

○万代ヨロズヨをたのむ岩根のはこべ哉 俳諧『曠野後集』 荷兮
○うぐひすの餌に摺るはこべ花ながら   爽雨
○はこべらの石を包みて盛上る      虚子

秋の七草は『万葉集』山上憶良(六六〇-七三三)の「萩ハギの花、尾花オバナ、葛花クズバナ、瞿麦ナデシコの花、女郎花オミナエシ、また藤袴フジバカマ、朝貌アサガオの花」とあるように、奈良時代から定まり、姿・形の特長だけでなく、食用、器具、材料としての有用性に加えて、それぞれ薬用効果ありのものでした。

ハコベは春の七草の一つです。春の七草は『万葉集』冒頭の雄略天皇御製歌「籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この岳に 菜摘ます児」とあるように、正月七日の若菜摘みが原点で、いまだ寒い中、野遊びがてら雪まの若菜を摘みとり、あつものや粥にして食べ、春の祝い、福寿の願いとして来ました。ですから春の七草は、生命の根源たる食べることにかかわり、野草、雑草と言われるハコベ、オギョウ、ホトケノザ、ナズナ、後に栽培もされるセリ、食用に改良を加えられたスズナ蕪カブ、スズシロ大根と、鎌倉から室町時代にかけて定まり、「セリ、ナズナ、オギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。これぞ
七草」と歌われ、江戸時代からは正月七日は五節供の一つと定められ、若菜節、七種ナナクサの祝い、七種の節供と呼びました。
鶏のヒヨコが喜んで食べヒヨコ草とも言いますが、英語のchick-weedは、はびこって困る雑草で、有害の感があり、草、芝、牧草のgrassとは違うようです。

春夏秋冬、四季の変化に恵まれた日本では季節ごとの節目を大切にし、折々の樹木、草本に親しんで来ました、「雑草という名の草はない」と喝破された昭和天皇のお言葉は「よく見ればなづな花さく垣ねかな」芭蕉に連なるでしょう。

三月になると、雨上りの後に、青やかに、蕗のとうが出て来ます。ちぎり取って、細かくきざんで、或いは鰹節をかけ、醤油を垂らしてごはんにのせても良し、さっとゆがいてから、細かく切り、生醤油で煮て佃煮にしても良く、ほどよい苦味が食欲をそそります。
おばあちゃんの口癖は養生には五味(甘、辛、酸〈酢〉、醎〈塩)、苦)を食べなさいでした。蕗フキはフキノトウ、若葉と若茎、大きく育った茎と三回楽しめて、おトクです。

けふは蕗をつみ蕗を食べ
誰も来てくれない蕗の佃煮を煮る
山ふかく蕗のとうなら咲いてゐる
ほろにがさもふるさとの蕗のとう
いつも出てくる蕗のとう出てきてゐる
一つあると蕗のとう二つ三つ
蕗のとうことしもここに蕗のとう
ひっそりと蕗のとうここで休まう
赤字つづきのどうやらかうやら蕗のとう 種田山頭火

物みな変り行く中で毎年の、いつも通りの生きとし生けるものに出会えるよろこびは、命の糧かてを得るだけでなく生きるよろこび、力になるのでしょう。