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釈迦如来、お釈迦さまの話-その6-

苦行の釈迦 お釈迦さまは世の無常を深く感じ、出家の覚悟を決め、多くの修行者が行を行う中インドのマガダ国に向かいました。当時マガダ国にはア―ラ―、ウッダカという2人の優れた修行者がおり、ともに高い禅定を得て精神統一を容易に行いましたので、多くの弟子が付きました。
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釈迦如来、お釈迦さまの話-その4-

前六、五世紀のお釈迦さまの時代、インドの風習で子が生まれるとその子の運命を占相師に見て貰うことがありました。これは仏教が広まった国ぐにでは誕生お宮参りの風習となったようです。お釈迦さまは子供のころより優れた資質を持っていたことも事実のようです。

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釈迦如来、お釈迦さまの話-その3-

お釈迦さまが紀元前6,5世紀ごろ実在した人物であることは、19世紀末にお釈迦さまの生まれた北インドの小国カピラ国都城にほど近い地の同国領内にあるピプラワ-から発見された舎利(お釈迦さまの遺骨)を納めた壷の蓋(ふた)に書かれた古代インド文字の文章からも確認されています。この舎利の一部は現在日本にもわけられています。
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釈迦如来、お釈迦さまの話-その2-

お釈迦さまを仏像の話しとして取り上げていますが、ここで仏像について一般に誤解があるようなので、正しい考え方を述べておきましょう。その誤解は仏像は仏教徒の信仰の対象だ、仏教徒は仏像を拝んでいる、礼拝しているということに関係するものです。信仰の対象は人間によく似た仏さまですから偶像だといい、またこれまでも本講座で種々の仏像を取り上げてきましたから仏教は多神教という主張もあります。でもそういう見方は絶対正しくありません。ただ、時代により地域によりそうした仏像の偶像的傾向が現れ、弊害が蔓延ったことは有ります。実際、お釈迦さまの国インドには土俗的な宗教にヒンドゥ―教があり、それは多神教で偶像崇拝と言って良いでしょう。仏教は八世紀に最後の繁栄をみせた後に次第にヒンドゥ―教に取り込まれ、その一宗派として残りました。この時仏像は偶像になっていました。
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釈迦如来、お釈迦さまの話-その1-

古典会は桜、漢字講座が花と続きましたので仏さん、仏像の話しはやはり花祭りと言えばお釈迦さま、釈迦如来の話しを始めましょう。何と言っても、お釈迦さまは仏教の開祖、話すことは八万四千もあります。まずお釈迦さまの誕生について述べましょう。これが花祭りに関係します。
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